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東京高等裁判所 昭和51年(う)1670号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人松本一郎作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事三野昌伸作成名義の答弁書に記載されたとおりであるから、これらをここに引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。

一、控訴趣意第一点は、原判決には判決に影響を及ぼす採証法則の違背があり、ひいて事実誤認の違法があるというのである。よって記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討する。

所論(控訴趣意第一点一)は、原判決は被告人の有罪の証拠として司法巡査作成の酒酔い・酒気帯で鑑識カードを掲記しているところ、右カードによれば、被告人の呼気検査に先立って被告人にうがいをさせていないことが明らかであるから、その測定結果には疑問があるという。被告人の検察官に対する供述調書によると、所論のとおり、被告人が呼気検査の前にうがいをしなかったことは認められるけれども、そもそも呼気検査の前に被検者にうがいをさせるのは、被検者が飲酒直後で、口腔中にアルコール飲料が残存している恐れのある場合、および気分が悪いなどの理由で嘔吐をして、胃の内容物が口腔に戻った場合などに、口腔中のアルコールの影響で呼気検査の結果が不正確になるのを防止するためであるところ、本件においては、被告人が飲酒を終えてから検査に至るまで三時間以上経過していること、被告人が嘔吐したことを疑わせる事情は全くないことが明らかであって、本件で被告人にうがいをさせなかったことが検査結果を不正確にしたという疑いは存しない。所論は採用できない。

所論(控訴趣意第一点、二、三)は、関係証拠によれば、被告人は、本件当日午後七時ころから午後八時ころまで清酒二、三本(一・四合ないし二・一合)を飲んだに過ぎず、その後約四時間休息して運転に及んだことが認められるのみならず、前記鑑識カードの外観判定欄の記載によっても、被告人の態度、動作には酒に酔っていると認められるような異常な点は全くなかったのであるから、被告人が呼気一リットルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを保有していたという原判決の認定には疑問があるという。被告人の検察官に対する供述調書ならびに原審および当審公判廷における供述によると、被告人の飲酒時刻および飲酒終了から運転までの時間的間隔は所論のとおりであることが認められるけれども、飲酒の態様は、被告人が職場の知人内村某と勤め先近くの飲食店で銚子に入れた清酒を差しつ差されつ飲んだことが認められるから、被告人の清酒摂取量が必ずしも一・四合ないし二・一合であるとはいえない。そして、前記のとおり本件呼気検査の際にうがいをさせなかったとしても、このことによって検査結果を不正確にしたような事情はうかがわれず、また、前記鑑識カードによれば、被告人の態度、動作等には特に異常な点はなかったが、顔色は赤く、目が充血していたことが認められるのみならず、被告人は過去に二度呼気検査を受けて、検査の方法に馴れていたと認められることから考えると、被告人が検査当時呼気一リットルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを保有していた旨の本件呼気検査の結果に疑いがあるとはいえない。

してみれば、前記鑑識カードを証拠として掲記した原判決には採証方則の違反があるとは認められず、原判示事実は原判決挙示の証拠により優にこれを認めることができるから、原判決に、事実の誤認があるという所論は採用できない。

二、控訴趣意第二点は、量刑不当を主張し、被告人に対しては再度その刑の執行を猶予すべきであるというのである。

よって、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討すると、本件の事実関係は、原判決の認定判示するとおり、被告人が酒気を帯びて普通貨物自動車を運転したというものであるが、関係証拠によると、被告人は、昭和四八年四月五日酒気帯び運転で罰金二万円に、同四九年一〇月一五日酒酔い運転により懲役五月、四年間執行猶予に処せられ(そのほか同年中に速度違反の罰金刑一回がある。)、本件は右執行猶予中の犯行であること、被告人は右酒酔い運転のため同四九年一〇月三日運転免許を取り消され、一年間の再取得禁止期間を過ぎるや、同五〇年一一月八日運転免許を再取得したものであるが、本件犯行は右再取得後僅か三月余経った時点での犯行であるうえ、犯行の際、初心運転者の標識もつけていなかったこと、などの事実が認められ、被告人の遵法精神の欠除は著しいといわなければならない。

してみると、被告人は飲酒後本件犯行の前に三時間以上の休息をとっており、酒気を帯びていることは認識していたものの、酔いはかなりさめたものと考えて運転したこと、当審段階に至って被告人は、母と父を、相継いで失い、近親の不幸とともに、反省改悛の情がうかがわれること、そのほか所論指摘の諸事情をできる限り被告人に有利に斟酌するとしても、本件は被告人に対し再度刑の執行を猶予すべき事案でないことはもとより、被告人に対し懲役二月(求刑同三月)を科した原判決の量刑が重きに失して不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 綿引紳郎 裁判官 石橋浩二 藤野豊)

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